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イスラエル渡航記 第9話 「神の計画」

長松清潤 記


 エルサレム旧市街に近いホテルに到着し荷を解くと、クタクタに疲れて寝てしまいそうでした。しかし、懐中御本尊を奉安してお看経をさせて頂き、やはり街に出て夕食を取ることにしました。ホテルの前の道は車が行き交い、何人かの若い人たちが歩いています。小さなレストランを見つけて入りましたが、ずっとオーダーが出来ず困りました。日本人は珍しいらしく、何やら歓迎されていない雰囲気も感じました。

 ホテルに戻り、ようやく落ち着きを取り戻しましたが、まだ深夜の運転の緊張感が残っていました。ガリラヤ湖の行程を思い返すだけでも大変な一日でしたが、既にここはエルサレムです。次の日から、限られた時間の中で多くの場所を回らなければなりません。

 朝、夜明けと共に目が覚めてしまいました。興奮しているのか、時差ボケなのか分かりませんが、明るくなった窓の外を見渡してみました。下に公園があり、犬の散歩をしている人がいます。澄み切った空に浮かぶ朝日は美しく、街に穏やかな空気が満ちているように感じました。

 朝食を取ろうとホテルのラウンジに下りていくと、極めてうるさい大勢のアメリカ人たちがいることに気づきました。昨日の深夜まで、階下のホールで大声で歌っていた団体。団参の時の自分を思えば、他人のことをとやかく言うことは出来ませんが、猛烈に盛り上がっていましたし、朝食でも大声で騒いでいました。そう、彼らはユダヤ人ではありません。キリスト教プロテスタントのクリスチャン。エルサレムまで来るのですから、相当の信者です。

 二〇〇四年、アメリカは大統領選挙を行います。多民族国家ですから人種ごとの得票に力点を置いてそれぞれのキャンペーンが展開されていますが、最近では肌の色や人種を超えて、宗教各派における選挙運動が主流。何度か書いてきましたが、特に宗教色を前面に出しているブッシュ大統領の陣営はキリスト教原理主義団体が支持基盤として二〇〇〇万から三〇〇〇万の得票が予想されています。また、ユダヤ系ロビー団体「アイパック」とも緊密に連携してきたブッシュ政権は、親イスラエルの政策によりユダヤ系市民からの得票も期待されています。カトリックである対抗馬のケリー氏の先祖が、本人も知らなかったようですがユダヤ系であったことが先日報道されました。しかし、結局ユダヤ系市民からの支持も得られず、プロテスタント信徒からは反感を買い、中途半端に受け取られているようです。民族性ではなく宗教、しかも宗教的な背景に支えられた「親イスラエル」という政策が大統領選挙を左右しているようで、異常に宗教性が高まってきている世情の一端を表している現象だと感じます。ケリー氏の所属する民主党は、元来ユダヤ系市民に強い団体だったといわれていますが、もはやその定義は当てはまらなくなっています。

 ブッシュ氏にしろ、ケリー氏にしろ、大統領の椅子にどちらが座るかはアメリカ国民に任せるとして、私は選挙の裏側でそれを左右する宗教・思想に注目します。ホテルで同席していた人たちが何を考え、何を支持しているのかということ。その点を知らなければ、真の世界の姿が見えてこない程、今やキリスト教原理主義、キリスト教右派の教義や信徒の動向は世界情勢に深く関係しています。

 彼らは典型的なアメリカ人で、大きな身体の男性、優しそうでふくよかな女性たちが多いようでした。素敵な方もたくさんいます。しかし、彼らは口々に「神の計画」という言葉を使います。

「神の計画」。それは、恐ろしい内容を含んでおり、熱心な信者であるほどその「神の計画」が早期に成就されることを望んでいます。キリスト教原理主義統括組織の代表であるマイケル・エバンス氏が、いつも説教で使うように、「イスラエルを支持することは神の計画を支持すること」であり、彼らは二〇〇二年四月から「イスラエルの為の祈祷キャンペーン」を開始し、毎日イスラエルのために祈るクリスチャンを一〇〇万人集めることを目標にして活動し、現在も続けられています。

 聖書の文言を厳格に信奉する福音派では、聖書に示された「イエス・キリストの地上再臨」を至上の目標に掲げています。そのためにどのような状況が必要であるか、何をすることがイエスの再臨を助けるかを第一に考えています。十字架の上で磔刑死し、復活し、四十日後に昇天したと伝えられているイエス・キリストが、今一度この世に復活を遂げ「再臨」するために、何をすれば良いかという聖書の記述。

「ハルマゲドン」という言葉はよく聞かれますが、「ハル」は「山」という意味で、「マゲド」とは「大量虐殺」という意。具体的にはパレスチナにあるメギド平野のことだと言われています。イエスが再臨するためには、このパレスチナのメギドを中心に最終戦争である「ハルマゲドン」という戦争が始まらなければなりません。また、そこに集まる軍隊も「ダニエル書」「エゼキエル書」などに明記され、多国籍軍でなければならず、さらにこの地はユダヤ国家が建設されていなければならないというのです。そして、旧約聖書の「ゼカリア書」にあるように、この戦争でユダヤ人の三分の二が殺され、メギド平野から始まった戦争は、エルサレム・パレスチナから世界中に広がり、世界の大都市も破壊される。人類の三分の一が殺される、というもの。そして、そこにキリストが再臨し、戦争は止まり、人々は裁かれ、悪魔は千年間縛られ、神の計画が地上に実現されると信じられているのです。私が書くと信じられない方もいるかもしれませんが、これがまぎれもない「神の計画」の一部始終。

 エルサレムを巡礼し、親イスラエルを標榜する笑顔のクリスチャンたちに、何となく怯えながら朝食を取りました。


(妙深寺報 平成16年11月号より)