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  天晴ぬれば地明なり

2002/06



 世界遺産とは、現代を生きる全ての人々が共有し、未来の世代に引き継いでゆくべき人類共通の「宝物」のことを指します。
 「文化と自然保護は相反する」という従来の考え方から離れ、その両者を共存させるために世界各国が参加して条約を結び、人類と環境の共存を実現しようとしています。
 今では、世界遺産は多くの雑誌やテレビ番組で紹介され、大変な人気を博しております。
世界中のあらゆる地域には、国や民族が誇る文化財や自然環境がありますが、その一方で、貴重な人類の宝物も共通の認識のもとで大切に保護され継承されなければ、いつしか腐食が進み廃墟になってしまうということです。
アンコールワットに代表されるように、どんな素晴らしい「遺跡」でも、厳しい自然環境では風化し、鬱蒼とした雑草が覆い茂り、いつしか忘れ去られてしまいます。
 また、ピラミッドに代表されるように、人間の欲の深さから貴重な文化財は盗掘され、破壊されることもあります。
世界遺産条約は、そのような危険から貴重な「宝物」を保護するために活動を続けているのです。
 しかし、後世に残し伝えるべきなのは、環境や生物、遺跡だけではありません。人類共通の「智慧」についても、「世界遺産」と同様の考えが必要であると考えます。
現代に生きる私たちは、多くの情報に囲まれて生きています。
自宅に様々な手紙が届き、書店には数え切れないほどの本が並び、電話やファックス、メールや電話の交換、テレビやインターネットから、溢れるほどの情報を受けて生活しております。
その情報の渦の中におりますと、どの情報が本当に大切で、貴重なものなのか、認識することが出来なくなってしまいます。
親からの教え、先生からの教え、祖父母から聞いたこと、先祖代々に伝わっていることなど、人間が生きてゆく上で非常に大切な智慧の数々を何処かに埋もれてさせてしまっているかもしれないのです。
そうした「智慧」は、保護しなければ、情報の雨の中で風化し、鬱蒼とした雑草に埋もれ、誰にも見つけることが出来なくなるかも知れませんし、強盛な欲の心から捨てられ、壊されてしまうことがあるかもしれません。
人間の社会が複雑に進化しようと、生きていく上で必要な「智慧」に大きな差異はないはずです。
 その智慧は、「知の世界遺産」というべきものです。
私たち人類が共有し、未来の世代に引き継いでいくべき共通の「宝物」、「智慧の世界遺産」とは、普遍的な真理が凝縮されたものであります。
 そこには有限の命を与えられた人間の哲学や人生訓、人間関係や正しい処世術が語られております。
 私たちの身近にある御仏の教え、お寺やお講席に参詣して聴聞する御法門には、人生の上で活かす様々なヒントや答えが溢れていると感得させて頂くのであります。
先月、五月二十三日、東京品川プリンスホテルで元ソニー副社長、顧問、ソニーアメリカの元社長も勤められた盛田正明氏とシャープの元社長、現相談役の辻晴雄氏とお会いし、お話を聞く機会に恵まれました。
 盛田正明氏は、世界のソニーが、東京通信工業株式会社(東通工)と呼ばれていた時代から創業者の井深大氏、盛田昭夫氏と共に事業を推進し、拡大された方です。
 辻晴雄氏は、厳しい不況の中で社長に就任し、液晶テレビ事業で大発展を遂げさせた先見の明あるシャープの大ボスと呼ばれる偉大な経営者です。
 その素晴らしい方々と、三時間ほど人生観や経営哲学、日本経済の行方や日本人の生き方についてお話を聞かせていただきました。
 偉大な盛田氏とお会いすることで前夜から緊張していましたが、七十四才というお歳を全く感じさせないほど若々しさに溢れておられ、正直な所ビックリしました。
 お二人とも物腰は低く、言葉も丁寧で、若い者にも優しく接して下さる素晴らしい方々でした。
 盛田氏はソニーについての質問に「私はもう引退しているので何も言うことはありませんが、若い時分から耳にタコができるほど聞かされたのはサムシングニュー、サムシングディファレント(何か新しく、何か違うもの)という言葉でした」とお話下さいました。
 また座右の銘として「天の時、地の利、人の和」と語られて、「物事にはタイミングというものがあります。タイミングを活かすことが出来なかったり、チャンスを見逃すと何事も成就はしない。また、自分の立ち位置、ポジションの作り方や取り方を考えていないといけません。自分がどのような位置にいて、どのように見られているかも重要で、それは陣地の作り方にも似ています。最後は人の和で、これは総合力です。自分一人だけで頑張ってみても大したことは出来ません。みんなの力を一つにしてゆくことではじめて成し遂げることが出来るものです」と語られました。
 辻氏は、シャープの創業者早川徳次氏のカバン持ちとして仕えた方で、不況の中で「創業者が直面した関東大震災のことを思えば、どうってことない」と液晶テレビの開発に尽力され、大発展を実現された方です。
 辻氏は人生哲学についてのお話で「私は常に人に与えるという心の大切さを考えています。ギブ&テイクといっても、最近では反対のテイク&ギブです。これでは、本当に良い人間関係も企業と消費者の関係も出来ません。良い商品を消費者に与えようと努力することが企業であり、何でもいいから安く作り、消費者に高く買って貰おうというのではいけないと思います。ギブ&テイクという考えは人生でも仕事でも同じであると思います」と語られていました。
 私は、この両氏のお話を聞き、心から感動いたしました。
 それは、お話をされている内容が御仏の教え、普段御法門で教えて頂いていることと全く同じ内容だったからです。
 中途半端に学び、世を渡る人は、信義を嫌い信仰を嫌い、当然仏の教えにも耳を貸さずに自らの力を過信して、結局成功することなく、幸せになることも出来ないことが多いものです。
 不屈の精神と忍耐力、強い信念と謙虚さ、喜捨の精神や布施の心に満ち溢れているのが、日本有数の経営者が語られた言葉でした。
 若い頃の私は、御法門の大切さを何度も御住職に教えて頂いても、理解することが出来ず、社会生活に役立つということも、人生で必要な智慧であるということも理解せず、反発して、受け入れることは出来ませんでした。
 いま、ようやく「ご住職の仰せの通りなのだ」ということが分かるようになりました。
 お祖師さまは観心本尊抄の末文で「天晴ぬれば地明なり。法華を識る者は世法を得べきか」と仰せになられております。
「天空が晴れ渡れば大地が明らかになるように、法華経の御本意に徹する者は世間一般の道理を悟り知ることが出来るのである」と教えて頂くのであります
開導聖人の御教歌に、
 世の中の法は仏法仏法は
   世法にかはる道理ではなし
とお示しです。
 真実の信仰を実践すれば、世間の物事に通じて有意義な生き方を実践することができるはずです。
 中途半端なビジネスマン、夫や妻、家庭人になる人は、智の世界遺産を忘れた人となります。
 仏法は突き詰めれば世の道理に通じており、私たちの人生に様々なヒントを与えてくれるのです。


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